テレビ・ムービーなのだが監督はジョン・バダムで、主演は「僕たちのアナ・バナナ」のジェナ・エルフマンと、ローレン・バコールの実の息子サム・ロバーズ。←さすがになかなかのハンサム。でもお父さんはボギーじゃありません。
いゃあ、これは見ものだったよん。
最初は単に「エロとマニア」なんてオバカな面白半分の冷やかしで見ようと思ってたのが、実はとっても怖くて悲しい話だったのでもうびつくり。
エロトマニアって精神疾患の名前だったのね。興味のある方はこんなサイト見つけたので、お暇な時に是非ドーゾ↓
http://www.geocities.jp/demekinngyo7/L4.htm
お話はというと。
とある女性が理想の男性に恋をする、それも一方的に。そしてストーカー行為で彼女は訴えられる。
だけど、本当にそれは一方的だったのか?
二転三転していく真実の行方やいかに・・・
映画の中ではその先までは追求していない。だから見る側の判断にゆだねられるのだが、所々が不明瞭のままで終わるのは、これが事実に基づいているが為の、関係者達に対するテレビ局側の配慮かもしれんがの。
アメリカではかなり有名な話だとか。公開裁判なんかを平気でやってる国だのもね、なんだかなーって感じだが、こういう精神の病気も「私を見てっ、私を認めてっ」という不安で寂しい気持ちと膨張した自己顕示欲が起こすんであって、なんか根っこは同じような気がするが。
怖いよね。少しでも自分に好意的に接してくれた人の事をすぐに「私の親友っ、恋人」と呼ぶその薄い人間関係って。
作品の中でさりげなく触れられる親子関係の歪みも、そんな精神疾患の大きな原因ではあるんだし。
だけど、こういう話はとても対岸の火事とは思えない。実際私にしたって精神状態が余りに不安定で、本当にどうかしていた「我が人生最大の危機」99年から2000の春頃は、こんな感じだったんじゃなかろうかと思うと、もう顔がぽ〜っと赤くなっちゃうよ。
あの頃に多大な迷惑を掛けてしまった皆様。本当にご免なさい。そして、そんなイカレた私を見離さないでくれてありがとう。(T_T)
この映画の主人公である女性にそんな友がたった一人でも居てくれたら、彼女はあそこまでにはならなかったのかどうなのか、それは解らない。
彼女と良く似た精神状態の友達を何人か知っているけど、元を辿ればみんな歪んだ不幸な親子関係に行き着いてしまう。
その人達それぞれの「越えるべき壁」であり「行く道」なんだよねぇ。
「あなたがどう思おうと、私があなたの事を親友だと思っていればあなたは私の親友なのっ」と豪語するバカがいた。これは本当に怖かった。彼女は私を自分の思う通りの理想の友に仕立て上げようと工作したからだ。
物凄く痛い思いで引きちぎって逃げたけど、私も若かったからやり方がかなり乱暴で、気の毒な思いをさせてしまったかなと後で随分反省もした。でもその5年後今度は私がヒロに同じような事をしたのかなぁと思うと、ホント逢い寄る魂って言うやつだったのかもね。
類友なんだよね。ここで勉強せえって事なんだよね。
相手と自分の気持ちを交差させるのではなく、一方的に決め付けてしまうのは、自分の想像の世界と現実の世界の違いを認めたくないから。理想と現実の違いを認められない程に、プライドが高く、現実の能力がそれに追いついて行ってない。
そうなるには育てられ方にも、脳にも問題が有るんだそうだ。その意味から言ったら、本当の意味で本人は死ぬまでその「変」さは解らないのかも知れないな。
この映画の中では、もう一つの病気も話題になる。
それは男の浮気症についてだ。
しかしな、結婚している男が他所に女性を作る時の常套句って、世界中同じなんだね。
現在不倫真っ最中で何となく情緒不安定に悩んでる女達は、是非見た方がいいよ。
離婚する気もなくただ遊びたいだけの男って、必ず妻の悪口を言ったりするんだね。同情を買うつもりなんだろか。
この話も女性の罹っている病気が全ての元凶という形にはなっているけれど、男性の方にも誤解を招く恐れのある行為をしているのは確か。
隙あらば・・・というスケベな気持ちが、無きにしもあらずだったんじゃないのかなぁ。
魔が差すって言うのは、正にそんな瞬間なんだよね。
さぁどうする ? ここでこうしたら、必ずこうなるよ。どうするの? って、常に前後左右に揺さぶりを掛けられながら生きて行くのが人生なのかもね。
はへー
いゃあ、これは見ものだったよん。
最初は単に「エロとマニア」なんてオバカな面白半分の冷やかしで見ようと思ってたのが、実はとっても怖くて悲しい話だったのでもうびつくり。
エロトマニアって精神疾患の名前だったのね。興味のある方はこんなサイト見つけたので、お暇な時に是非ドーゾ↓
http://www.geocities.jp/demekinngyo7/L4.htm
お話はというと。
とある女性が理想の男性に恋をする、それも一方的に。そしてストーカー行為で彼女は訴えられる。
だけど、本当にそれは一方的だったのか?
二転三転していく真実の行方やいかに・・・
映画の中ではその先までは追求していない。だから見る側の判断にゆだねられるのだが、所々が不明瞭のままで終わるのは、これが事実に基づいているが為の、関係者達に対するテレビ局側の配慮かもしれんがの。
アメリカではかなり有名な話だとか。公開裁判なんかを平気でやってる国だのもね、なんだかなーって感じだが、こういう精神の病気も「私を見てっ、私を認めてっ」という不安で寂しい気持ちと膨張した自己顕示欲が起こすんであって、なんか根っこは同じような気がするが。
怖いよね。少しでも自分に好意的に接してくれた人の事をすぐに「私の親友っ、恋人」と呼ぶその薄い人間関係って。
作品の中でさりげなく触れられる親子関係の歪みも、そんな精神疾患の大きな原因ではあるんだし。
だけど、こういう話はとても対岸の火事とは思えない。実際私にしたって精神状態が余りに不安定で、本当にどうかしていた「我が人生最大の危機」99年から2000の春頃は、こんな感じだったんじゃなかろうかと思うと、もう顔がぽ〜っと赤くなっちゃうよ。
あの頃に多大な迷惑を掛けてしまった皆様。本当にご免なさい。そして、そんなイカレた私を見離さないでくれてありがとう。(T_T)
この映画の主人公である女性にそんな友がたった一人でも居てくれたら、彼女はあそこまでにはならなかったのかどうなのか、それは解らない。
彼女と良く似た精神状態の友達を何人か知っているけど、元を辿ればみんな歪んだ不幸な親子関係に行き着いてしまう。
その人達それぞれの「越えるべき壁」であり「行く道」なんだよねぇ。
「あなたがどう思おうと、私があなたの事を親友だと思っていればあなたは私の親友なのっ」と豪語するバカがいた。これは本当に怖かった。彼女は私を自分の思う通りの理想の友に仕立て上げようと工作したからだ。
物凄く痛い思いで引きちぎって逃げたけど、私も若かったからやり方がかなり乱暴で、気の毒な思いをさせてしまったかなと後で随分反省もした。でもその5年後今度は私がヒロに同じような事をしたのかなぁと思うと、ホント逢い寄る魂って言うやつだったのかもね。
類友なんだよね。ここで勉強せえって事なんだよね。
相手と自分の気持ちを交差させるのではなく、一方的に決め付けてしまうのは、自分の想像の世界と現実の世界の違いを認めたくないから。理想と現実の違いを認められない程に、プライドが高く、現実の能力がそれに追いついて行ってない。
そうなるには育てられ方にも、脳にも問題が有るんだそうだ。その意味から言ったら、本当の意味で本人は死ぬまでその「変」さは解らないのかも知れないな。
この映画の中では、もう一つの病気も話題になる。
それは男の浮気症についてだ。
しかしな、結婚している男が他所に女性を作る時の常套句って、世界中同じなんだね。
現在不倫真っ最中で何となく情緒不安定に悩んでる女達は、是非見た方がいいよ。
離婚する気もなくただ遊びたいだけの男って、必ず妻の悪口を言ったりするんだね。同情を買うつもりなんだろか。
この話も女性の罹っている病気が全ての元凶という形にはなっているけれど、男性の方にも誤解を招く恐れのある行為をしているのは確か。
隙あらば・・・というスケベな気持ちが、無きにしもあらずだったんじゃないのかなぁ。
魔が差すって言うのは、正にそんな瞬間なんだよね。
さぁどうする ? ここでこうしたら、必ずこうなるよ。どうするの? って、常に前後左右に揺さぶりを掛けられながら生きて行くのが人生なのかもね。
はへー
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