夕刊に、国立の中学生達が先月21日に多摩川の河川敷でタイマンして逮捕されたと出ていた。

1889年に作られた決闘罪に当たるんだとか。

19世紀の法律が、今も生きてるんだねぇ。それだけでもへぇ〜って感じだけど、報道されてる内容を読むとさらにへぇ〜となる。

彼らはなんと、きちんと審判を立てて、素手でというルールを決めてやったんだそうだ。

対立している学校の中学生同士が、それぞれの卒業生を審判にして河川敷でにらみ合ってる姿かぁ。

堂々としてて、いいんじゃないの。

確かにね、暴力で決着を着けるっていうのは馬鹿げた方法ではあるんだけど、それをしないと解らないんだったらトコトンやればいいさ。

かなりの怪我もしたらしいけどね。

だけど本当は、それをどうのこうのと論じるよりも、昔から、それこそ19世紀から変わらないこの「思春期の男の子達の暴走」を、もっといい方法で昇華させる場所を考えてやらないと。

なんでいつもこうなっちゃうんだかなって感じだよ。

昔アメリカのテレビ番組に「グラディエーター」っていうのがあって、確か東京12チャンネルで放送してて、面白くて良く見てたんだけど、あれはマッチョに鍛えた近未来的なグラディエーター達に、一般視聴者達が肉体を張ったゲームで果敢に立ち向かっていくという内容で、参加者がもう真剣にやる姿が可笑しくて健気で良かったんだわ。

あんな感じにね、互いのチームを正々堂々とゲーム感覚で戦わせる番組でもあれば、結構発散出来るのかもだが。

テレビ局って、もし怪我人が出たらとか考えると、二の足踏むんだよなぁ。

殴り合いよりいいと思うんだけどなぁ。

それとか、10代限定のアマチュア・アルテミット大会とかね。個人でやるの。責任は勿論個人持ち。


ルールを決めてやれば、正々堂々と戦う意義を見つけられて、自分を試せて良いんじゃないかなぁ。

で、スポンサーは大手スポーツ用品メーカーやボクシング・ジム格闘ジムとかね。

プロになろうがアマで楽しもうが、怪我しようが障害者になろうが、全部自分の決めた人生だもの、遣り甲斐は有るし悔いは無いんじゃないの。

なんでこんなに心が荒ぶるのかって、一番悩んでるのは、本人達だと思うんだけどなぁ。

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