早朝、義妹の意識が混濁し始めた。
救急車でかかりつけの病院に搬送してもらったという。
朝早くに免許の書き換えに行こうと思って5時に目覚ましを掛けていながら、布団の中で何故か動きたくなかった。
そしてこの電話。
いよいよ来るものが来たね、と師父に言うと「いや、まだまだだ」と答えが返って来る。
兄弟なら当たり前の反応だろう、その気持を「執着」と言って蔑む事なんか出来ないし。
駆けつけた時、義妹はすでに意識の無い状態になっていた。
つい3日前にはニコニコ笑って、「またね〜」と挨拶して別れたばかりだったのに。
「危ない」状態の人は、何故かみんな同じ顔に見える。
ペタッと張り付いたわら半紙の様な皮膚に、平たい何の表情もなくなった顔。
あんなに可愛い顔だった人が、ステロイドやらの強い薬の影響で何処のだれとも判らない「死にかけの匿名の誰か」の顔になってしまっている。
脳障害を起こしているので、自分の意識とは無関係に時々ひきつけを起こす。
急に白目を剥いて身体を硬直させる様は、もう家族にとっては地獄絵図を見ている様だ。
入院時に付き添ってくれた義弟が、なるべく薬剤を使わないようにと医師に伝えてあったので栄養剤の点滴だけでいたのだが、そのひきつける様を見て彼女の夫が憮然とした態度で「それなりの治療をしてもらう」と言い出した。
それなりの治療ってなんだ?
ひきつけを止める薬は確かにある。でも、それはとても強くて副作用で内臓をやられてしまう程なのだ。これ以上の苦痛を与えろとでもいうのか、お前は。
それでも、ひきつける度に怖くて看護士を呼んでしまったのだが、駆けつけた彼らは口々に「これはまだ大丈夫ですよ」と言ってくれた。
全身性のものになったら「それなりの」治療に移行します。でもこの状態で副作用の強い薬を使うのは考え物です。と医師自ら言ってくれて、家族もそれなりに安心した。
このところの暑さでかなりの脱水症状を起こしていた為、最初の点滴は見る見る減って行ったというが、私達が着いた頃にはかなりゆっくり目になっていて、3本目に替える頃には、白目を剥く事もなくなり、ひきつける感覚もかなり開いて来た。
慌てなくて、本当によかった。入院時に調べた所では内臓に悪い所は無いと言う。
全身性の悪性の癌と言われながら、内臓は大丈夫だと。
ただ脳内に髄液が溜まる水頭症になっているのだとか。
穴を開けて管を体内に通して髄液を腸に流す手術をするか、このまま見守るか。
手術をした所で、確実に良くなるとは言えないと。
この病院は緩和治療を目的としていて、ヘタな延命治療はしない方針だ。だから医師も患者や家族の希望に沿ってくれる。その点はとてもありがたい。
これ以上苦痛を与えて、それで彼女が喜ぶとも思えない。それに仮に手術が成功して意識がハッキリしても、もし髄液の中に癌細胞が混ざっていたら、今度は内臓全てが癌に侵されてしまう。
それでは結局、「生殺し状態」にしている事になりはしないだろうか・・・。
今まで術師があれだけ頑張ってくれて、一時は食べ過ぎて太って困る位になったのだ。色々な事を考える様になったのだ。彼女も
みんなに愛されている事が、確認出来たのだ。
医師だって、あの一月から今までどうして持っていたのか解らないと言っていたのだ。
だから、もういいよ。
全ては如意吉祥。
一月の放射腺治療でまだらハゲになった頭髪も、今はびっしりと綺麗に生え揃っていて、まるでお地蔵様みたいだ。
落ちついて来たら、少しの刺激に笑う様な表情を浮かべる様にまでなって来た。
一日中2人の娘に両手を握ってもらって、彼女は幸せ者だと思う。
今夜は夫が一晩付き添うという。
みんなで、人が死ぬという事を考えよう。人は誰でも必ず死ぬ。必ず死ねる。だからこそ、キチンと生きる事を考えないとね。
荷物を取りに帰った義妹の夫が病院に戻って来たのと交代に、私と師父が病院を出たのは、夜中の12時になる頃だった。
救急車でかかりつけの病院に搬送してもらったという。
朝早くに免許の書き換えに行こうと思って5時に目覚ましを掛けていながら、布団の中で何故か動きたくなかった。
そしてこの電話。
いよいよ来るものが来たね、と師父に言うと「いや、まだまだだ」と答えが返って来る。
兄弟なら当たり前の反応だろう、その気持を「執着」と言って蔑む事なんか出来ないし。
駆けつけた時、義妹はすでに意識の無い状態になっていた。
つい3日前にはニコニコ笑って、「またね〜」と挨拶して別れたばかりだったのに。
「危ない」状態の人は、何故かみんな同じ顔に見える。
ペタッと張り付いたわら半紙の様な皮膚に、平たい何の表情もなくなった顔。
あんなに可愛い顔だった人が、ステロイドやらの強い薬の影響で何処のだれとも判らない「死にかけの匿名の誰か」の顔になってしまっている。
脳障害を起こしているので、自分の意識とは無関係に時々ひきつけを起こす。
急に白目を剥いて身体を硬直させる様は、もう家族にとっては地獄絵図を見ている様だ。
入院時に付き添ってくれた義弟が、なるべく薬剤を使わないようにと医師に伝えてあったので栄養剤の点滴だけでいたのだが、そのひきつける様を見て彼女の夫が憮然とした態度で「それなりの治療をしてもらう」と言い出した。
それなりの治療ってなんだ?
ひきつけを止める薬は確かにある。でも、それはとても強くて副作用で内臓をやられてしまう程なのだ。これ以上の苦痛を与えろとでもいうのか、お前は。
それでも、ひきつける度に怖くて看護士を呼んでしまったのだが、駆けつけた彼らは口々に「これはまだ大丈夫ですよ」と言ってくれた。
全身性のものになったら「それなりの」治療に移行します。でもこの状態で副作用の強い薬を使うのは考え物です。と医師自ら言ってくれて、家族もそれなりに安心した。
このところの暑さでかなりの脱水症状を起こしていた為、最初の点滴は見る見る減って行ったというが、私達が着いた頃にはかなりゆっくり目になっていて、3本目に替える頃には、白目を剥く事もなくなり、ひきつける感覚もかなり開いて来た。
慌てなくて、本当によかった。入院時に調べた所では内臓に悪い所は無いと言う。
全身性の悪性の癌と言われながら、内臓は大丈夫だと。
ただ脳内に髄液が溜まる水頭症になっているのだとか。
穴を開けて管を体内に通して髄液を腸に流す手術をするか、このまま見守るか。
手術をした所で、確実に良くなるとは言えないと。
この病院は緩和治療を目的としていて、ヘタな延命治療はしない方針だ。だから医師も患者や家族の希望に沿ってくれる。その点はとてもありがたい。
これ以上苦痛を与えて、それで彼女が喜ぶとも思えない。それに仮に手術が成功して意識がハッキリしても、もし髄液の中に癌細胞が混ざっていたら、今度は内臓全てが癌に侵されてしまう。
それでは結局、「生殺し状態」にしている事になりはしないだろうか・・・。
今まで術師があれだけ頑張ってくれて、一時は食べ過ぎて太って困る位になったのだ。色々な事を考える様になったのだ。彼女も
みんなに愛されている事が、確認出来たのだ。
医師だって、あの一月から今までどうして持っていたのか解らないと言っていたのだ。
だから、もういいよ。
全ては如意吉祥。
一月の放射腺治療でまだらハゲになった頭髪も、今はびっしりと綺麗に生え揃っていて、まるでお地蔵様みたいだ。
落ちついて来たら、少しの刺激に笑う様な表情を浮かべる様にまでなって来た。
一日中2人の娘に両手を握ってもらって、彼女は幸せ者だと思う。
今夜は夫が一晩付き添うという。
みんなで、人が死ぬという事を考えよう。人は誰でも必ず死ぬ。必ず死ねる。だからこそ、キチンと生きる事を考えないとね。
荷物を取りに帰った義妹の夫が病院に戻って来たのと交代に、私と師父が病院を出たのは、夜中の12時になる頃だった。
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