目の前に餌をぶら下げられたまま、生きている人達がいる。

それは目の前のにんじんを食べようとして、ガムシャラに走り続ける馬車馬の様な人というのではない。

すぐ手の届く所に好物があって、実際手でも取れるし味わう事も出来るという意味だ。

でも、それをしたら、運勢が一気に下がる。

そんな人達にとっての人生って、つまり地獄を生きるに匹敵する苦しみを伴うんじゃなかろうかと思うわけだ。

SEXが大好きで、すぐ傍にその対象がいて、でも、それはご法度な人。

食事もしかり。怒りの感情もしかり。妬みなどもしかり。

お酒を飲むのが何よりの愉しみで、肝硬変で入院してるのに抜け出して行って、酒屋の近くの路上で行き倒れて死んだ男の話や、次から次に恋の相手を変えてはまるで悪びれない悪女の話。

人間の歴史は、こんな人達で溢れ返っている。

それが良いとか、悪いとか言っているのではい。

何で悪いと判っているのに止められないんだろうではなく、何で「好きなものがだめと言う宿題を持って生まれた人達がいるんだろう」という事について考えてしまうのだ。

例えば、一人の女がいて、彼女にはこんな宿題が用意されているとする。

あなたはどうやっても親に馴染まない子供に恵まれる。その子は親であるあなたに対して、とても扱いにくい子である。そしてあなたはとても劣等感が強く、かつプライドが異常に高い。あなたは、自分の子が成人する前に、自らの手で子供を肉体的精神的に殺す。でも、ただの一人でも、己の感情に流されずに育てきる事が出来るなら、このミッションは完了する。

でも、大抵は感情の波に押し流されて、生まれる子を次々に殺してしまったりするんだな。

何でだろう。なんでこんなややこしい宿題を出されてしまったんだろか。

まぁ、四柱推命の話なんだがの。

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