メル息子は時々妙な返答をする時がある。

この世代の特徴なのかどうか私には判らないのだが、日本語としても、人と人との会話にしても物凄くヘンテコリンな時があるのだ。

例えば「こんにちは」とこちらが声を掛けた時に、なんの前ぶれも無く「あなたは本当に良く判らない人だ」と切り返される感じで、リズムが狂う。

彼の頭の中の考えが、そのまま出てしまうせいなのだろうが、思わず「はぁ?」と言いそうになる時が何度かあった。

一週間以上前に「話たい事がある」とメールして来てそれっきりになっていたので、気になって何度かメールしたのだが応答なし。

それが今日突然「なんで僕なんかをかまってくれるの?」と来た。

「私のメールは迷惑ですか?」

「そうじゃないって。僕あんまりメールの返事返さないのに、何でかなぁと思って」

だって。

「相手にも都合があるだろうし、返事は関係ない場合も多いよ。あいさつ程度ならね。大事な息子だし」

「じゃあ、一緒に住みますか。ホントに」

・・・。

なんで絡んで来るかな。虫の居所が悪かったのかな。

「成人してれば、独立してるのが基本でしょ」

「人それぞれですよ」

親と離れている時期が長くて、少し寂しくなっているのかも知れない。もう22歳、まだ22歳。私が家を出て一人暮らしを始めた年だ。

絡みたければ絡みなさい。私は此処に居る。あなたのカイマー(母代わり)として、いつでもここに居る。

とても可愛くて真面目な好青年だが、23歳も下では話にならない。(虚勢?)

まぁ、夜中に私の名前を呼ぶメールを打ってる位だから、何か言いたい事はあるんだろうがの。

そんな所もヒロにそっくりだ。

うまく真意が伝わればいいんだけどなぁ。

自分がその場に居なくなっても、ずっと心に掛けてくれている人がいると知るだけで、時に心強くなれる事がある。

22歳の時、私が東京に出てまだ電話が買えなかった頃、公衆電話で実家に掛けた時、少し前にアルバイトしていた会社のおじさんから家に電話が有ったと知らされた。

何事かと電話をすると奥さんが出て、「酔っ払ってる時に、あなたに会いたくなっちゃって電話したみたい。ごめんなさいね」と笑って仰った。

へぇーー、忘れないでいてくれたんだと、なんとなく心がホンワカしたものだ。

そして思った。

嬉しい事は、人にもしようと。

迷惑がられてまで、する必要はないんだがの。

真夜中や、世間でお休みの続く頃に、なんとなく電話してくるような、そんな気持ちを私に向けてくれる人を、邪険には出来ないよ。

そいつが日頃、どんなに憎まれ口をきいていようとね。

でも、こんな気持ちも、もう判らなくなってしまっている人達がたくさんいる。

あなたがメールの返事をくれないなら、私もしない。

なんか勝ち負けを決める勝負をしているみたいだ。

あさましく、おろかで、悲しい業だ。

私は駆け引きが苦手だ。人の気持ちを弄びたくない。気持ちが悪い。

でも、知らずにやってしまう事がある。勝ち負けばかりではなく、根底には自分を判って欲しいと願う欲求も隠されている「駆け引き」を。

この映画は、本当に悲しい。よくぞ出てくれましたニコラスちゃん。

娘の気持ち、母の気持ち、妻の気持ち、そして夫であり父でもある気持ちが、真摯に伝わってくる。

丁度イラクで、アメリカ兵のイラク人虐待の報復にアメリカ人青年の斬首シーンを取ったビデオをネットで流して大騒ぎになったけど、その類のスナッフビデオが世界的な裏ルートで売買されているのはすでに周知の事実。

どうかしちゃったのか人間は。壊れすぎだ。

あなたがメールくれないなら、私だってあなたにメールしないよ。って、何となく今のイランとアメリカに似ていなくも無い感じがする。

根っこは同じような気がする。

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