三ヶ月の人

2004年4月1日 エッセイ
映画「戦場のビアニスト」の中で主人公がピアノを弾く時、その長い長い指がアップで映されるのだが、まるで指が鍵盤に吸い付いているかのような錯覚を覚えてしまうシーンが有った。

指が鍵盤に、というよりも、鍵盤の方から好んで指に絡み付いてくるかの様なのだ。

ピアノに愛されている指。まさにそんな感じ。

日本古典芸能の名取さんがこんな事を言っていた。舞踊の師範などの扇が手に吸い付いているかの如くの動きに魅せられるのだと。

達人の動きというのは、その道具と一体化してしまう様なのだ。

映画の中で実際にピアノを弾いていたピアニストの手の動きは、なんかバン職人が小麦を捏ねている感じにも思えた。

捏ねる、練る。

これは対人関係においても重要な事だと思う。

練るか、固いままその上っ面だけを見てすぐ離れるか。

なんかDEAD OR ALIVE な感じだが、人間関係の一つの形を良く表現してるかもだ。

島田ナニコという美人女優さんは「三ヶ月の人」という陰のあだ名があると、昔どこかで聞いた事があった。

有ったばかりはいいのだが、三ヶ月も経つととたんに態度が変わってしまうのだとか。だから、彼女には五年十年と続く友人など居ないらしい。

その時は「へぇ〜」などと他人事で聞いていたのだが、ある仕事でチームを組んだ時にそういう人に当って、実際に思い知った。

本当に「三ヶ月」で態度がガラリと変わってしまったのだ。なんだろうか。相手に対する興味や関心を失ってしまうのだろうか。判らない。とにかく、そういう人に初めて会って、心の底から動揺したのを覚えている。

彼女はその会社に二十年も勤めているのに友達が一人もいなかった。悪く言う人はいても、同情する人は皆無。怖かった、本当の「人でなし」に会っちゃって。

その後本物の鬼畜にも出会うんだけど、まぁこの話はまた後で。

自分以外の人間と付き合うには、ある程度の忍耐と、理解とあきらめみたいな物が必要なんだろうなと思うのだ。

でも、どうしても相手の「それ」が許せなくて我慢できなくて、「ああ、もう駄目かも」って思う時には、もう離れて距離をおくしかないよね。

でも、あきらめる前に、もう一度練ってみる事も肝心だ。

同じ間違いを、何度も繰り返さない為にも。

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